2015年8月17日月曜日

ブラジル、アマゾンの詩と歌(二)




Estatutos Do Homemという、アマゾンの詩人、チアゴ・ヂ・メロの代表作の詩集を、息子であるチアゴ・チアゴ・ヂ・メロからもらったのは、夏も本格的になってきた7月の終わり頃だった。

丁度その頃、休暇のためにマーサズ・ヴィニヤード島に行く直前だった私は、
休暇中に読む本として、『ヤノマミ』(国分拓著)を選んだ。
ずっと昔に、古本屋で見た写真集の中で、ヤノマミの人々が川べりで蝶に囲まれて水浴びをしている写真に魅了されてから、ヤノマミという名前がずっと頭の中にあった。


その本を買って数日後に、チアゴ・チアゴ・ヂ・メロのライブを見に行った時、
チアゴは歌の中でヤノマミを始めとする様々な部族の名前をあげていた。
ポルトガル語だったので、ヤノマミだけは聞き取れたのだけど、それについて何を歌っていたのかは残念ながらわからない。
ライブの後に、「丁度ヤノマミに関する本を買ったところだった。」 という話をしたら、
彼はすごく喜んで、「友情の印に。」と言って、私の手首にアマゾンで作られたという木製の腕輪をはめてプレゼントしてくれた。

マーサズ・ヴィニヤード島についてからも、
ヤノマミやアマゾンのことが頭から離れず、気づけば私は島のネイティブ・アメリカンの歴史館へと足を運んでいた。
残念なことにヴィニヤード島に昔から暮らしていたワンパノアグ族の人々の数は劇的に少なく、ワンパノアグの血を受け継ぐ少数の人々が、ひっそりと集落に暮らしているくらいだ。
この美しい島に、文明化された側の人間として足を踏み入れる自分は、あるいは偽善的であるかもしれない。
だけどそれでも、私にはアメリカ大陸の先住民達のことを考えずにはいられない時がある。
静かな部屋で海の音を聴きながら『ヤノマミ』を読み、
私は ヤノマミの暮らし、人の純粋さ、文明と接しない決断、文明と接する決断、運命を思った。


詩人、チアゴ・ヂ・メロはブラジルにおいて軍事政権が台頭した60年代に投獄され、
国外に亡命した。亡命先のチリで、チリの代表的な詩人、パブロ・ネルーダと出会い、そこでこの詩を書いた。チアゴ・ヂ・メロは現在も、アマゾンの熱帯雨林と、アマゾンに暮らす先住民族の社会的権利を守るための活動を続けている。



 「人間の条項」 チアゴ・ヂ・メロ




第一条
重要なものは真実であり、
重要なものは命である。
我々は互いの手を取りあい、
命の意味について考えることをここに定める。


第二条
平日でも毎日が、
曇り空の火曜日でさえもが、
日曜日の朝になり得る権利を持つことをここに定める。


第三条
これから先ずっと、
すべての窓際にはひまわりがあり、
そのひまわりは日陰で咲く権利を持ち、
その窓は一日中、希望を育む新緑へと向かい開き続けることをここに定める。


第四条
人間は、人間をもう決して疑わないこと、
やしの木が風を信じる様に、
風が空気を信じる様に、
空気が空の青い拡がりを信じる様に、
人間は人間を信じることをここに定める。

 第一項 
 子供がまたひとりの子供を信じる様に、
 大人もまたひとりの大人を信じる。


第五条
人間は、偽りへの隷属から解放され、
誰一人として、沈黙の鎧をまとい、言葉の武器を使う必要はないこと、
人間が曇りのない瞳でテーブルの前に座れば、
デザートの前には、「真実」の皿が出されることをここに定める。


第六条
十世紀もの間、イザヤという預言者が夢に見た習わし、
すなわち、狼が子羊と同じ草原で草を食べる時、
彼らの食事は生命の春の味つけであることをここに定める。


第七条
正義と明瞭さの永続的統治は、撤回し得ない条としてここに定める。
よって、幸福は、人間の魂の中で永久にたなびく寛大な旗となる。


第八条
最上級の痛みとは、これまでも、そしてこれからも、
植物に花咲く奇跡を与えるのは水であると知りながら、
愛すべきひとに愛を与えられない無力さであることをここに定める。


第九条
毎日のパンには、人間の汗の商標が施されることをここに許可するが、
パンはいつでも温かく柔らかな味でいなければならない。 


第十条
すべての人間が、
人生のいかなる時においても、
日曜日用のベストを着用することをここに許可する。


第十一条
人間は、愛を知る動物であると定義し、
よって人間はいかなる夜明けの星よりも美しいということをここに定める。


第十二条
命令、禁止事項というものは存在せず、
サイと戯れることも、巨大なベゴニアの花を襟にさして午後の散歩をすることも、
すべてが許可されることをここに定める。

 第一項
 唯一の禁止事項は、
 愛しながら愛に不感であること。


第十三条
金で夜明けの太陽を買うことは金輪際不可能であり、
恐れの詰まった箱から放り出された時に金は友愛の剣となり、歌歌う権利を守護し、来たる日々を祝福するであろうことをここに定める。


最終条項
自由という言葉の使用をここに禁ずる。
自由という言葉はすべての辞書から、
そして当てにならない「口」というぬかるみからはじきだされる。
よって自由とは、
火、または川の様な、
小麦のひと粒の様な、
目に見えぬ生命体となり、
その帰り着く場所は必ず人間の心となる。



(Estatutos Do Homem by Thiago de Mello(1964) 訳:蓮見令麻)


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