村上春樹と小澤征爾の対談本、「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を読んでいる。
その中で、マーラーの音楽について二人が話をする場面で出てくる会話において、
小澤氏はこう述べている。
「…日本人、東洋人には、独自の哀しみの感情があります。それはユダヤ人の哀しみとも、ヨーロッパ人の哀しみとも、少し成り立ちの違うものです。そういう心のあり方を深いところできちんと把握し、理解すれば、そしてそういう地点に立ってしっかり選択をおこなっていけば、そこには自ずから道が開けると思います。東洋人が西洋人の書いた音楽を演奏する独自の意味も出てくる、ということです。そういうことを試みるだけの価値はあると、僕は考えています。」
「表層的な日本情緒、みたいなことじゃなくて、もっと深いところまで降りていって、それを理解し、取り込まなくてはならない、そういうことですか?」
村上氏の解釈のこの言葉は、より一層感覚的な理解を深めてくれる。
この話を読んで私が思ったのはプーさんことピアニストの菊地雅章氏のことだった。
菊地氏の音楽というのは私にとっては橋の様な存在で、
しばらくの間いわゆるジャズという音楽を弾いてきた私がどうしても払拭できなかったある種の違和感から抜け出すひとつの答えを与えてもらったと思っている。
その違和感というのは、ジャズの背景にある民族性や歴史から自分自身がかけはなれているという事実からくるものだった。
もしかしたら小澤氏も、東洋人としてヨーロッパの歴史と伝統あるクラシック音楽界で指揮者として活躍する中でそういう違和感を感じたことがあったかもしれない。
いわゆるジャズという音楽には、アメリカ黒人の壮絶な歴史がうねるように絡みつき、
そのルーツにはアフリカの土着文化がある。
そういった、ジャズの持つ民族的、歴史的などろどろとした深みを、日本人である私はどう頑張っても体感はできないのだ。
何をジャズと呼ぶかということもテーマになってくる。
私の夫であるギタリストのトッド・ニューフェルドは、「ジャズという概念は幻想だ。」と先日言っていた。
確かに、ジャズという言葉の解釈は非常に主観的になりつつあるかもしれないと思う。
菊地雅章氏の演奏を初めて見たのは確か2年ほど前、場所はVillage Vanguardだった。
初めて目にしたプーさんの演奏はすでにほぼフリーインプロビゼーションで、
そこから私は年代を遡ってTethered Moonを聞いたり、Sustoを聞いたりして、度々感銘を受けたのだった。
菊地氏はジャズの時代を生きてきた人だから、その音楽性の比較的大きな部分をジャズの伝統的な音楽の成り立ちが占めているのではないかと思うのだけれど、
彼の音楽には、何か得体の知れない、独特、固有の魅力がある。
自分が何を弾いているんだろうと疑問に思った時、菊地氏の音楽を聞くと、
大体いつも、空気がすぅっと通るような気分になるのだ。
世界中には素晴らしい音楽家達がたくさんいて、もちろん学ぶことが沢山ある。
だけれど、私たち音楽家は、自分個人のことをどれほど観察できているだろう?
これだけ情報が溢れているのもあるけれど、他の人がやっていることを賛美し観察しすぎて、肝心な自分自身の音楽と歴史、精神を見失うのは残念だと思う。
日本の音楽を聴き始めて、いかに自分の音楽観がユーロセントリック、またアフロセントリックであったか痛感している。
自分の精神の中に存在するものと、自分の身体が楽器や声を通して演奏するもの、
そのふたつの次元がきちんと繋がっていなければ、自分に嘘をついているような気がしてなんだか気持ちが悪い。
取り越し苦労になってしまったとしても、音楽に繋がっていく精神的な部分は何度も見直していきたい。