2014年2月9日日曜日

価値を判断することは

 全聾の天才作曲家と謳われた佐村河内守氏のほぼ全作品が、実のところは新垣隆という別の作曲家の作品であったというニュースが世間を賑わせている頃、
私は指揮者小澤征爾と作曲家武満徹の1984年に発行された対談集、「音楽」を読んでいた。

小澤氏は対談の中でこう述べている。

「音楽の本質は公約数的なものではなく非常に個人的なもので成り立っていると思うんだよ。」
「音楽会へ行って三千人すわっていても、その三千という数が問題なのではなく、一人ひとりとの関係が重要なんだよ。中略 根本的なところから発しているから、受け入れられ方の幅がうんと広いわけ。
だからレコードが何枚売れたとか、有名だとか、超一流だとか二流だとか三流だとか、ヘッポコだとかは重要でないわけ。一番大事なのはね、もしかすると、人間と音楽が根本的にどこでつながるかにあるんじゃないだろうか。」

そして武満氏。
「実際には、音楽家は自分の考えで音楽をやる以外にはない。結局、最初に話に出たように、実際に音楽をやる気がないような、ある種の太平ムードの中で、なしくずしに意欲を失っていては自分の感受性にたとえあり余るものを身に受けていても、自分が積極的になれない以上は、ものをみきわめる力が、どんどん失われていくのはやむを得ない。」


私が怖いと思うのは、現代の資本主義社会において、大衆の目にするもの耳にするものがプロパガンダに支配されたマスメディアという媒体に限定されることにより、人々の嗜好(または思考)の一元化がなされてしまうということである。
または、人々がある一定の思想、つまるところはメディアを筆頭とするマジョリティーの支持する思想やイメージに太平を求め落ち着いてしまうという状態。

こういった状態に私達の社会は一歩も二歩も入り込んでしまっているように思える。
多様性を消してしまうことは、自然界の成り立ちにも反するし、
私達の世界を極めてロボティックにしてしまう恐ろしさを秘めている。

このことを頭の片隅に置いて、私達は何かを「良い」と言う時に、
自分自身にこう問いかける必要があるかもしれない。
「自分は何を根拠にこれを良いと思うのか?」
「何らかの集団に属したいという欲望のために良いと言っていないか?」
「個人としての自分の判断にどれほどの価値を見出すことができるか?」

少なくとも、この問いかけをして、自らの思想を決定する自由を、未だ我々は手にしている。
武満氏の言うように、意欲を持って生き、良いと思うものをみきわめていけたらと思う。





2014年1月31日金曜日

アミナ・クローディン・マイヤーズ

気鋭のドラマー作曲家のタイショーン・ソーリーがアミナ・クローディン・マイヤーズに対話形式でインタビューするというなんだか凄いイベントに参加した。


アミナ・クローディン・マイヤーズの音楽を知ったのは本当にここ何年かのことで、
十分に彼女の音楽性を熟知しているとはとても言いきれないのだけれど、
彼女の作品の多岐にわたる内容は素晴らしく興味深い。
確かきっかけはフランク・ロウの「Exotic Heartbreak」というレコードだった。
それからしばらくして、プーさんが「The Circle of Time」を貸してくれてそれを聞いたりしていた。
タイショーン・ソーリーはというと、近年話題にもなったオブリークの様なジャズの曲を書く一方で素晴らしく緻密なクラシックの作曲もする人。モートン・フェルドマンやシュトックハウゼンという名前もよく話にでてくる、本当に多種多様な音楽を聞いている人だ。そういう意味で、このインタビューの組み合わせはとっても面白いと思った。


今日のインタビューでも話していたけれど、マイヤーズ氏はまずクラシックピアノから音楽を弾きはじめて、その後に教会でゴスペルをやったのだそうだ。
オルガンもすごかったり、歌も素晴らしいのは、そういうバックグラウンドから来ているみたいだ。しかし彼女が面白いのは、その後教師の仕事を探してたどり着いたシカゴで、
AACMに参加するということだ。彼女自身のアルバムは、割とリズム&ブルースやゴスペルの影響が強い曲が目立つものの、サイドマンとしてはヘンリー・スレッドギルやArt Ensemble of Chicago、厶ハル・エイブラハム・リチャードソンなどの錚々たるミュージシャンと共演しているところからも、彼女の多才さをうかがえる。

これは、シカゴの当時の先鋭ジャズシーンにマイヤーズ氏を紹介したその人、レスター・ボウイーとの共演。




当のマイヤーズ氏は、なんだかとてもお茶目で気さくで面白い、少女の様な人、という印象を受けた。色々な話をしていたけれど、中でも印象に残ったのは、
自分はシカゴに引っ越した当時も音楽家になろうとは思っていなかった。と言っていたこと。
それからまだジャズを弾き始めてまもない頃に、クラブでの演奏の仕事をもらったマイヤーズ氏がステージでやっとの思いでオルガンを弾いているところで、ジミー・スミスが客席に居るのを見て心臓が口から飛び出るかと思った、というエピソード。
その後ジミー・スミスから「はじまりとおわりはなんとかちゃんと出来ていたから良いと思う。」というなんともいえない励ましをもらったそうだ。

それにしても、いいね、声や表情が素敵で、魅力的な経験をしてきた人のお話を聞くっていうのは。

私は質疑応答で、ブルースについてどう思うか、という質問をしたかったのだけど、
勇気が出ず断念。。
次の機会があることを願おう。
とっても良い時間だった。













2014年1月26日日曜日

巫女と遊び

一、申楽、神代の始まりといふは、

天照大神、天の岩戸に籠り給ひし時、

天下常闇になりしに、八百萬の神達、天の香具山に集まり、

大神の御心をとらんとて、神楽を奏し、細男を初め給ふ。

中にも、天の鈿女の尊、進み出で給ひて、榊の枝に幣を附けて、 

聲を挙げ、火処焼き、踏み轟かし、神憑りすと、歌ひ、舞ひ、奏で給ふ。

その御聲ひそかに聞えければ、大神、岩戸を少し開き給ふ。

国土また明白たり。神達の御面、白かりけり。
 

その時の御遊び、申楽のはじめと、云々。


世阿弥
『風姿花伝』神儀篇 



日本の芸能の歴史を辿っていくと、その先にあるのはこの場面だ。
あめのうずめが半裸でこっけいな舞をし、神々は それを笑った。
この場面が本当に面白いと思うのは、この神話の一面に、性、死、高揚感(笑いという形の)が一挙に描かれていることである。

「遊び」という言葉は、その昔、死者の魂降り、鎮魂のため、「もがり」という儀礼を行った際の歌や舞のことを表した。

そこにはきっと、現代で言うイタコのように憑依されて踊るシャーマンの存在もあっただろうと思う。
生と死の境界線で、魂の導くままに音楽を奏し、舞う。
それはきっと、おそろしく、畏れ多き光景であり、古代人の精神性の核となるものであったに違いないと感じるのだ。

もがりにおける儀礼を隠喩したものが、この神話の一場面であるとすれば、
あめのうずめが性的な芸能の表現をしているのは、なぜであろうか?

中世において、巫女、くぐつめ、遊女などが、儀式を司る立場であり、
同時に性的な存在であると位置づけられているのはなぜだろうか?
性の神聖さ、というのを、私達現代人は見直す時かもしれない。
性が虐げられ、搾取される時代には、真の精神性は見出されないのではないか。

この巫女と中世芸能について今勉強しているのだけれど、
脇田晴子という人が本当に面白い本を書いている。
その序文から、こういった一節がある。

「女性史の問題としては、家内に包含される女性、そこからはじきだされる尼僧、娼婦・芸能者、その三者に分断され、鼎立して存在する女性のあり方を、「家」をユニットとして成り立つ社会構造のなかに位置づけることこそ肝要であると考えている。」


このテーマはこれからしばらく続く。
 

 



 
 

2014年1月22日水曜日

セシル・テイラーとメアリー・ルー・ウィリアムス

メアリー・ルー・ウィリアムスとセシル・テイラーが共演したライブ録音、Embracedというアルバムについて少し感想を書きたいと思う。


メアリー・ルー・ウィリアムスには私は多大な影響を受けているのだけれど、
それは当時本当に数えるほどしかいなかった女性ミュージシャンとして数々の偉業をおさめたことに加え、彼女の弾くピアノのオーセンティックな音色、そして彼女がジャズの歴史とともに進化し、ブギウギからフリーまで、あらゆる形の音楽を信念を持って演奏したことに帰する。

ただ、イメージとしてはメアリー・ルーの素晴らしさはやはり、ブルースのフィーリングにつきると思う。




シンプルで、女性的な柔らかさを表現しつつ、ブルースのフィーリング、ソウルフルなフィーリングを素晴らしく力強くまた表現する。まさに彼女にしかない音を持っていた、アメリカのジャズピアノの潮流の母体とでも呼ばれてしかるべき人だと私は思っている。


一方で、京都賞受賞が記憶に新しいセシル・テイラーはいうまでもなくフリージャズの先駆者の様な人で、言ってみればその時代の先端を突っ走ってきたミュージシャン。
エッジーで、そのハーモニーや音楽的構造を理解しようとする評論家がいれば、ただ、「Listen to THIS!!」と体当たりしてくるような裸の音楽を弾く。




この二人が共演することになった経過がメアリー・ルー・ウィリアムスによってライナーノーツに書かれている。
60年代に互いの演奏を見て、同じように衝撃を受け、
後に お互いがそれぞれのインスピレーションとなっていることを知り、一緒に演奏することを決めたのだそうだ。

テイラーの縦横無尽な音の羅列の中にこだまの様に聞こえるウィリアムスのオールドスクールなジャズやブルースの言葉達。
ふたりが共鳴したのも、わかる気がした。暖かさと情熱、それがすべてを繋げている。
2台のピアノと四本の手が奏でるだけの無数の音があるにも関わらず、不思議とすべての音が共生しているのだ。
これは是非、生でコンサートを鑑賞したかったと思った。
ジャズの壮大な歴史とそれを取り巻く嵐の様な様々な経験と感情を一斉に耳から受け取る、もはや儀式的な一枚、と私は思う。

「ジャズ」という言葉について、ウィリアムスはこう言っている。

『JAZZという差別的な呼び方が、このような素晴らしく精神的な音楽、魂にとっての癒しとなる音楽、につけられた。それぞれの年代のミュージシャン達が、この名前を変えようと努力したわ。20年代には私たちは自分達自身のことを「シンコペイター」と呼んだし、30年代にはこの音楽を「スイング」と呼んで、40年代には、「バップ」とか、「モダン・ミュージック」と呼んだ。徐々に私は呼び名のことにはこだわらずにただシンプルに音楽を弾こうと思うようになったの。
結局は、「芸術」という傘の下の、ひとつの表現の形なのだから。
私たちの魂にとって良いものなのだから、この音楽は、あらゆる場所で演奏され、聞かれるべき。学校、大学、ストリート、コンサートホールにクラブ、教会、ラジオ、テレビやレコード、そしてビリヤード場で。人々の手に届くところで音楽を弾ける場所ならばどこでも。』



今私たちがJAZZと呼んでいる音楽はなんだろう?
その精神は果たしてどこに、どのようにして存在しているだろう?
 私はまたしてもFrank LoweやAlbert Aylerが創り出した世界を、憧れ、こころの中で探し求めている。



2013年11月2日土曜日

ジャズは幻想であるか

村上春樹と小澤征爾の対談本、「小澤征爾さんと、音楽について話をする」を読んでいる。

その中で、マーラーの音楽について二人が話をする場面で出てくる会話において、
小澤氏はこう述べている。

「…日本人、東洋人には、独自の哀しみの感情があります。それはユダヤ人の哀しみとも、ヨーロッパ人の哀しみとも、少し成り立ちの違うものです。そういう心のあり方を深いところできちんと把握し、理解すれば、そしてそういう地点に立ってしっかり選択をおこなっていけば、そこには自ずから道が開けると思います。東洋人が西洋人の書いた音楽を演奏する独自の意味も出てくる、ということです。そういうことを試みるだけの価値はあると、僕は考えています。」

「表層的な日本情緒、みたいなことじゃなくて、もっと深いところまで降りていって、それを理解し、取り込まなくてはならない、そういうことですか?」

村上氏の解釈のこの言葉は、より一層感覚的な理解を深めてくれる。


この話を読んで私が思ったのはプーさんことピアニストの菊地雅章氏のことだった。
菊地氏の音楽というのは私にとっては橋の様な存在で、
しばらくの間いわゆるジャズという音楽を弾いてきた私がどうしても払拭できなかったある種の違和感から抜け出すひとつの答えを与えてもらったと思っている。

その違和感というのは、ジャズの背景にある民族性や歴史から自分自身がかけはなれているという事実からくるものだった。
もしかしたら小澤氏も、東洋人としてヨーロッパの歴史と伝統あるクラシック音楽界で指揮者として活躍する中でそういう違和感を感じたことがあったかもしれない。

いわゆるジャズという音楽には、アメリカ黒人の壮絶な歴史がうねるように絡みつき、
そのルーツにはアフリカの土着文化がある。
そういった、ジャズの持つ民族的、歴史的などろどろとした深みを、日本人である私はどう頑張っても体感はできないのだ。

何をジャズと呼ぶかということもテーマになってくる。
私の夫であるギタリストのトッド・ニューフェルドは、「ジャズという概念は幻想だ。」と先日言っていた。
確かに、ジャズという言葉の解釈は非常に主観的になりつつあるかもしれないと思う。

菊地雅章氏の演奏を初めて見たのは確か2年ほど前、場所はVillage Vanguardだった。
初めて目にしたプーさんの演奏はすでにほぼフリーインプロビゼーションで、
そこから私は年代を遡ってTethered Moonを聞いたり、Sustoを聞いたりして、度々感銘を受けたのだった。
 菊地氏はジャズの時代を生きてきた人だから、その音楽性の比較的大きな部分をジャズの伝統的な音楽の成り立ちが占めているのではないかと思うのだけれど、
彼の音楽には、何か得体の知れない、独特、固有の魅力がある。
自分が何を弾いているんだろうと疑問に思った時、菊地氏の音楽を聞くと、
大体いつも、空気がすぅっと通るような気分になるのだ。

世界中には素晴らしい音楽家達がたくさんいて、もちろん学ぶことが沢山ある。
だけれど、私たち音楽家は、自分個人のことをどれほど観察できているだろう?
これだけ情報が溢れているのもあるけれど、他の人がやっていることを賛美し観察しすぎて、肝心な自分自身の音楽と歴史、精神を見失うのは残念だと思う。
日本の音楽を聴き始めて、いかに自分の音楽観がユーロセントリック、またアフロセントリックであったか痛感している。

自分の精神の中に存在するものと、自分の身体が楽器や声を通して演奏するもの、
そのふたつの次元がきちんと繋がっていなければ、自分に嘘をついているような気がしてなんだか気持ちが悪い。
取り越し苦労になってしまったとしても、音楽に繋がっていく精神的な部分は何度も見直していきたい。




2013年10月14日月曜日

その音を聞いて、人はなにを思い起こすか?

その音を聞いて、人はなにを思い起こすか?

その技術に感激するのか。
では技術とは何か。
数学的であることか。より複雑であることか。
その音を心地よいと感じるのか。
では心地よさを求める自分とは何か。
心地よさそのものとは何か。
その音を心地悪いと感じるのか。
では心地悪さを回避しようとする自分とは何か。
人間はいつまでも心地よさを追求するか。
心地よい場所にとどまることは何を意味するか。
音楽とは楽しむものか、愉しむものか。

その音を聞いて、人はなにを思い起こすか?

誇示する男達の自我か、
媚売る女達の因果か。
男達は自我に武器を与え戦争をつづけ、
女達はハイヒールを履いて資本と欲望に貢献する。
音楽家が楽器に自我を投影する世界では戦争は終わらない。
芸術は、向上しようとする精神の混沌とした泥から生まれる花だ。
そういった純粋な精神の淘汰すべきものは己の自我それだけである。

その音を聞いて、人はなにを思い起こすか?

音楽を選ぶ時、人は知らずと思想を選ぶ。
とすると私達の思想はいま、何を提議しているか。



2013年10月1日火曜日

桃山晴衣とその素晴らしき世界

この頃は、桃山晴衣というひとの音楽を聞いている。
三味線を弾きながら唄をうたう彼女の音楽からは、古謡という枠組みに縛られないラディカルさ、自由さ、そして拡がりを感じる。



民謡や演歌を聞く層も限られて、大衆受けのする商業音楽が流行る最中、日本に古くからある音楽を模索し、日本各地を流浪して生きる唄を創りつづけた。
稀有な才能を持つ彼女の選んだ道は、伝統を継承しながらも打破し、歴史という時間の作り出したひとつの文化の形に身を浸しながら、その文化体系の海原の深く深くへもぐりこみ、そのまま自身が芸術と一体化した、そのような印象を受けずにはいられない。そしてその専心の様を私は少なからず自分に重ね合わせている。

 私にとっては即興演奏は自由という観念を体現できる媒体である。

今の世の中を見ていると、強力な力を持して戦争と資本を操る支配層があり、
プロレタリアートは左右に立つ同じ境遇の人を見て安心するのだ。
テレビの画面を通じて見るニュースは遥か彼方で起こる物語で、いざそのドラマティックな展開が自分の隣町で起こっても、大衆はポップコーンを片手にして、スクリーンを眺めつづけるだけかもしれない。

そんなとち狂った状態の世界にいるからこそ、私たち音楽家は演奏することを選ぶのだ。
 お金や保証のために東西南北奔走しても得られない、精神の自由を音楽が私たちにくれる。
 桃山晴衣から私が学ぶことは、
大衆の仲間意識から生まれる思考なき嗜好という壁を恐れないということ。
メディアの囃し立てるそういった大衆意識は資本主義社会の大好物である。

人間が精神から体まで人間らしく暮らすために、、、、
自然との共存繁栄は不可欠だ。
そういった意識を反映する私の音楽もまた自然主義的な響きになっていくだろうと思う。
 

創作する側の私達は、いかなる芸術的内省をえてしてもただの自己満足に終わらぬために、何度も自問を繰り替えさなければいけない。